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細胞表面の糖鎖
赤血球表面の糖鎖
脳神経細胞表面の糖鎖
細胞表面糖鎖の種類
糖脂質
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アスパラギン結合型糖タンパク質
シアル酸の種類と分布
ガンと糖鎖の関係
燕窩 とは燕窩とは
燕窩の糖鎖
燕窩のシアル酸
燕窩のタンパク質−アミノ酸組成−
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漢方薬としての燕窩
- 老人性喘息の治療
- 下痢の治療
- 食後吐き気のある慢性病の治療
- 老人の痔疾と小児の胎熱の治療
近代医学にみる燕窩
シアル酸は生体内で、単体のほか、複合糖質の構成成分として、細胞膜表面のオリゴ糖の末端に存在して、重要な生物学的機能を担っている。細胞膜表面糖鎖の中で最も重要なものは、糖脂質と糖蛋白質である。
シアル酸は生物発生の歴史と共に存在したものであるが、その存在が明確になったのは、たかだか50年位前のことである。この物質は、酸性アミノ糖で生体の糖脂質や糖蛋白質などから得られたが、運悪く、丁度、第2次世界大戦のさなかであったために、各国研究者のコミュニケ一ションが悪く、必ずしも順調な滑り出しではなかった。
シアル酸の発見は独立した2つの研究グループによって行われた。すなわち、クレンク(E.
Klenk) の糖脂質の研究とブリックス(G. Blix)の糖蛋白質の研究である。クレンクの1935年から1939年にわたる研究で、Tay-Sacks病やNiemann-Pick
病(先天性代謝異常症)患者の脳から、“ビアル(Bial)試薬”で紫色に呈色する物質が得られた。
1938年、ブリックスは牛の脳に、この呈色反応陽性の糖脂質があることを発見した。更に、1939年、クレンクは痴呆症患者のセレブロシドに強い酸性の脂質が含まれていることを発見した。1941年、これをメタノール中、5%の塩酸で105℃、3時間処理してアミノ基とカルボキシル基をもつ結晶性物質で、ビアル試薬によって紫色を呈する物質を得て、これに“ノイラミン酸”と名付け、その原料となった糖脂質を“ガングリオシド”と名付けた。ノイロ(Neuro-)とは神経の意味である。今日、ノイローゼ
(Neurose) は立派な日本語になっている。
1年後、クレンクはこのノイラミン酸はメトキシノイラミン酸であることを確定すると共に、ビアル試薬はこのメトキシノイラミン酸と定量的に発色することを明らかにした。この試薬はその後のシアル酸研究の有用な武器となった。
一方、ブリックスは1936年、牛の顎下腺ムチンからエールリッヒ(Ehrlich)反応に陽性の酸性物質は希鉱酸と加熱すると、容易に分解してフミンを生成した。更に、2個のアセチル基をもち、その1個は N-アセチル基であることを推論した。2年後、クレンクの方法に従って、ブリックスは人の脳の糖脂質も同様にエールリッヒ反応が陽性であること、希鉱酸と加熱すると同様にフミンを生成すること、ビアルの試薬で紫色を呈することを発見した。
このように、シアル酸研究の黎明期は過ぎていったのであるが、クレンクの“ノイラミン酸”とブリックスの“Carbohydrate
I”の関係が明かになるのはまだ20年も後のことである。そうこうするうちに、1942年、オーストラリアのファースト(Hirst)はインフルエンザウイルスが赤血球を凝集することを発見した。この現象は赤血球の表面にレセプターがあって、これにウイルスが吸着すると考え、この現象がウイルス感染の第一歩と考えた。この凝集反応をムチンを加えて行うと阻止されることから、ムチンは赤血球と同じような働きがあると考えた。
クレンクはこの論文からノイラミン酸がレセプターであると考えて、1952年、顎下腺ムチンとウイルスを混合して透析し、ノイラミン酸を結晶として分離したのであるが、この辺で、シアル酸研究会会長、学士院会員山川民夫先生の業績に触れておかなければならない。1950年と言えば、終戦後、まだ日の浅い頃であるが、山川はウマの赤血球膜からビアルの試薬で赤紫色を呈する糖脂質を得て、これを“ヘマトシド”と名付けた。更にこれをメタノリシスして“ヘマタミン酸”を得た。この物質はビアルやエールリッヒの試薬に陽性で,山川は後年、ヒト赤血球と比較検討して、異なるノイラミン酸(後述)であることを見いだした。
ブリックスは1936年、牛から取り出した未知物質に1952年になってシアル酸と命名し、研究を進めた結果、1956年には、ウシのシアル酸は、 N- 及び O-ジアセチル誘導体、ブタのそれは N-グリコリル誘導体、ヒツジでは N-アセチル誘導体で、ウマはジアセチル誘導体であると報告した。1956年、山川はヘマトシドのノイラミン酸がグリコリル誘導体で、ヒトの赤血球から得られたものはすべてアセチル誘導体であることを明かにした。その頃、ウシの初乳からラクタミン酸、母乳からジャイナミン酸、ウマの血清からはゼロラクタミン酸などが分離されたが、いずれも同一のものであることが分かった。
1957年、ブリックス、ゴットシャーク、クレンクは共同で論文を発表し、基本化合物のアミノ九炭糖酸をノイラミン酸
(neuraminic acid) と呼び、そのアシル誘導体をシアル酸 (sialic acid) と総称することを提案した。詳細はクレンク教授の弟子のフェラードが、日独シアル酸シンポジウムで講演した、“The
Early History of Sialic Acids”に詳しい。
しかし、著者はノイラミン酸のアシル誘導体のみならず、その他の各種誘導体のほか、広くアミノ基をもたないデアミノノイラミン酸をはじめ、デヒドロ誘導体やアンヒドロ誘導体なども含めてシアル酸と呼ぶことを提案している。
糖脂質は、セラミドと呼ばれる長い炭化水素鎖をもつ複合糖質である。ここでは、最もポピュラーな赤血球と脳について述べてみよう。ヒトの赤血球膜では、全脂質の約5%が糖脂質で、そのまた約5%が糖鎖の末端に N-アセチルノイラミン酸をもっている。
ヒトの赤血球膜に存在する糖脂質の末端のN-アセチルノイラミン酸がはずれると、その赤血球は老廃物として肝臓で分解されて捨てられる運命にある。すなわち、赤血球の老化(エージング)をコントロールしているものと考えてよい。
また、受精の際に一匹の精子が卵子に進入すると、シアリダーゼが分泌されて総ての精子のしっぽ(N-アセチルノイラミン酸)が切断されて、他の精子がすべて壊されて排除されることもよく知られている。シアル酸の生理作用が如何に能率的であるかが分かるであろう。
ヒトの脳や神経に大量にあるガングリオシドも糖脂質の重要なものである。脳や神経の研究者が脳や神経から得られた糖脂質でセラミドをもつものに、神経節の意味をとって、ガングリオシドと名付けたのである。ヒトの脳ガングリオシドは現在約60種が知られているが、その生理作用のすべてが明かになったわけではない。一般的には、ガングリオシドは中性糖のほかに、アミノ糖とシアル酸を含むスフィンゴグリコリピドで、脳のほか神経細胞その他の組織細胞中に含まれ、基本的には、細胞の相互認識、増殖、分化、ガン化を司るほか、免疫やホルモン、フィブロネクチンの受容体などの生体機能を支配している。ガングリオシドは各種の毒素の受容体で、GM1はコレラ菌毒素の受容体であり、GT1b
は辛子蓮根事件で記憶もなまなましいボツリヌス菌毒素の受容体である。また、シアリルラクトースとヘマグルチニンとの複合体のX線解析から明かにされた結果、ウイルスの感染部位も明確になっている。また、ガングリオシドは核酸のリン酸化やカルシウムイオンの移動に関わっている。
特に面白い作用は、永井教授らによって発見されたGQ1bの神経細胞の伸張、突起増加の作用である。この作用は弱いけれどもGD1a
にも見られ、更に、ガングリオシド全般に神経伝達に関わる重要性が論ぜられている。例えば、GM3の直接脳内投与実験では、記憶力が増進し、アルツハイマー症に有効であるとの報告がある。記憶とガングリオシドの関係は今後、ますます重要な研究テーマとなってきた。
糖脂質や糖タンパク質は細胞表面で,共に負けず劣らずの重要な生理作用を営んでいる。糖タンパク質は大別して, O-グリコシド型と N-グリコシド型がある。前者はムチン類がその代表である。これに対して、糖がタンパク質のアスパラギン(Asn)のアミノ基に接続しているものが、N-グリコシド型(アスパラギン結合型)と呼ばれる。
最近では、免疫細胞の認識機構が解明されて、細胞表面の糖鎖が重要な役割を演じていることが明かになってきた。各種の免疫反応にモノクローナル抗体が利用されている。例えば、CA 19-9 は特定構造の糖脂質を認識するモノクローナル抗体である。この構造には末端にシアル酸とフコースがあってこのシアル酸がなくても、また、フコースがなくても CA 19-9 は反応しなくなる。CA 19-9 は消化噐ガンや膵ガンのマーカーとして利用されている。
ムチン型糖タンパク質(O-グリコシド型)はタンパク質のセリン(Ser)か、トレオニン(Thr)の水酸基に、糖の還元末端が接続するものである。ムチン型糖タンパク質はマンノースを含まず、比較的簡単な糖鎖で形成されてシアル酸を含む場合が多い。これは内臓の分泌物として、臓器の保護や血清や尿のウイルスや細菌の毒素の不活化作用がある。
結合糖には、N-アセチルガラクトサミン、N-アセチルグルコサミン、キシロースなどがあり、末端にシアル酸をもつ。植物やカビ、酵母のムチンは、アラビノースやマンノースが結合糖となっていて、一般的にはシアル酸を持たず、動物と大きく異なる。しかし、最近になってシアル酸と同類のKDO
が発見されて、生物の起源にも関わる科学テーマとなってきている。(KDOについてはKDNの項を見よ)
ムチン型糖タンパク質の最大の生理作用は細胞表面の保護作用である。例えば、胃や腸の内壁は、強い酸や塩基と強力な消化酵素によって、簡単に分解されてしまうであろう。これを保護し、消化吸収を助けているのは、大変巧妙な構造と言える。その主役がムチン型糖タンパク質、特に末端に付着するシアル酸である。
細菌の大部分は、表面に糖鎖を認識するレクチンをもち、これがムチン型糖タンパク質に結合して細菌が感染する。胃や腸では、細菌などはムチンの中で繁殖して、体内に移行しないようになっている。また、グルコホリンやロイコシアリンのように血球の表面糖鎖に大量のシアル酸を含むものがある。例えば、グルコホリンA
では1個の赤血球に約5 x 10 5 個が存在し、アミノ酸131個からなる糖タンパク質のセリンやトレオニンには15〜19個のムチン型糖鎖が結合している。グルコホリンの赤血球に占めるシアル酸量は80%にも及ぶ。また、ロイコシアリンは白血球にあって、その約85%のシアル酸量を持つものである。いずれも、多量のシアル酸量をもって細胞表面を保護すると共に、体内を移動する際に、異物と認識されないようになっている。ロイコシアリンはこれに反応するモノクローナル抗体を
T 細胞に反応させると、細胞増殖や細胞接着を促したり、細胞の活性化を促進する。
この糖タンパク質はすべてタンパク質のアスパラギンに結合している。アスパラギン結合型糖タンパク質はムチン型に較べて糖鎖が複雑であるが、構造上規則性があり、高マンノース型、複合型、混成型に分けられる。
高マンノース型糖鎖では、中心部分の7糖は共通であり、シアル酸を含まない。複合型糖鎖は高マンノース型糖鎖からマンノース2個引いた5糖からなる糖鎖が共通である。このグループの糖鎖は糖鎖の末端にシアル酸をもつ。複合型糖鎖と共通糖鎖は同じだが、シアル酸をもたない型が混成型と呼ばれる。これらのアスパラギン結合型糖タンパク質は複雑な生理作用をもち、酵素やホルモンなど多彩である。
1 N-アセチルノイラミン酸
N-アセチルノイラミン酸は従来、生化学の研究にもっぱら用いられていたから、試薬としても、それほど大量に使用されるものではなかった。そのせいもあって、試薬リストから見た定価は大変高価である。例えば、シグマ1996年版によると、合成品(マンノサミンとピルビン酸から酵素を用いる;純度95%)、373.10ドル/g;大腸菌を原料とするもの(純度98%)、405.90ドル/g;羊の顎下腺ムチンを原料とするもの(純度98%)、167.3ドル/250mgである。最近のリストには無くなっているが、かつて、原料が“ヒト”というものがあって、225ドル/gであった。当時、フランスの男性患者にシアル酸代謝異常があって、尿中に1日5〜7gのN-アセチルノイラミン酸を排泄していた。
現在ではグルコサミンを原料とした酵素合成法や大腸菌由来のN-アセチルノイラミン酸を安価に入手できるが,著者らがシアル酸研究を開始した昭和50年頃は大変高価であった。今でも試薬リストを見て頂けば分かるように合成原料としては使えない値段である。そこで横浜の中華街へ行き,食材として売られている破砕された燕窩を購入して原料とした。当初はたしか,一斤6千円だったものが,10箱,20箱と買ううちに瞬く間に品薄となり,一斤十数万円にもなったことを記憶している。
※ 燕窩については第2,3章を参照ください ※
N-アセチルノイラミン酸は面白い構造の九炭糖であって、結晶ではβ 型をとる。生体内では、α
型をしている。例えば、燕窩を希硫酸で加水分解すると、糖が外れて β 型になる。しかし、純粋なN-アセチルノイラミン酸を水に溶かして核磁気共鳴スペクトルを測定すると、5〜8%の
α 型を観測することが出来る。N-アセチルノイラミン酸の結晶は再結晶溶媒によって異なる形状を示すが、立体配置はいずれも
β 型で同じである。
N-アセチルノイラミン酸の2種の結晶が立体化学的に同一であることを明かにしたのはあまり昔のことではないのである。古い教科書を見ると、N-アセチルノイラミン酸の立体配置を
a 型で示してあるものが多い。留意すべきである。
2 N-グリコリルノイラミン酸 (N-グリコロイルノイラミン酸)
N-グリコリルノイラミン酸は哺乳類ではウマ、ブタ、ラット、イヌの一部などに見られるシアル酸である。ウニなどもこのシアル酸を含むので、ウニの殻を集めて抽出してみたこともあったが、微量しか得られなかった。最近では、ヒトのガン組織や白内障患者の眼液から、微量の N-グリコリルノイラミン酸が発見されているから、生化学的にも重要性を増すものと考えられる。
N-グリコリルノイラミン酸の合成法はN-アセチルノイラミン酸を酸で脱アセチル化すると、収率がよくない。大部分が分解するようだ。そこで、メタンスルホン酸を用いて脱アセチル化して、良好な収率で目的化合物を合成した。この反応では、我々の研究室で開発した、N,
N'-ジスクシンイミジルカルボナート を用いるのがよい。この試薬は、室温で緩和な条件下、簡単に活性エステルを合成出来て、しかも毒性のない便利なものである。今でも、アルドリッチやフルカの試薬カタログに掲載されている。また、同じく我々の開発したDSC
を用いれば、容易にベンジルグリコシドを合成出来るから、高収率で N-グリコリルノイラミン酸を作ることが出来る。
同じ反応を応用して、ウニの卵巣のグリコリピドの部分構造、N-グリコリル-8-スルホノイラミン酸を合成出来るし、また、チオグリコシドを用いて、2,7-アンヒドロ- 3,5-ジデオキシ-N-グリコリル-8-スルホノイラミン酸も合成出来る。スルホノイラミン酸誘導体には、エイズ治療予防薬開発の期待があり、現在、中国で研究が続けられている。
3 デアミノノイラミン酸(3-デオキシ-D-グリセロ-D-ガラクト-2-ノヌロン酸; KDN)
KDNは井上らによって、はじめ、ニジマスの未受精卵から発見された新顔のシアル酸である。東北から北海道にかけて、人工受精で盛んに増殖している白鮭にも当然存在して、受精の際に分離すると考えて受精卵のろ液を検討したが、単離精製が困難でKDN
の原料としては使用出来なかった。そこで研究を重ねた結果、KDNは合成法で入手可能となった。すなわち、D-マンノースとオキザル酢酸との縮合反応で、収量よく得られることを明らかにした。
この反応で
D-マンノースの代わりに D-アラビノースを用いれば、 2-ケト-3-デオキシオクトン酸 (KDO) が収率よく合成できて応用範囲が広いものである。KDN
やKDOを合成するこの反応は世界中で利用されている。
KDN はN-アセチルノイラミン酸とちがって、エステル化反応などで複雑な経路を示すから、誘導体の合成に際しては充分注意する必要がある。
デアミノノイラミン酸ははじめマス科魚類で研究が進んだが,ヒトも魚類から進化したものであるから,発生段階やガン化組織などに発現して初期ガンの検出に利用できると考え,ドイツの研究者にサンプルを提供したことがある。最近になって,KDNは生物界に広く分布して,バクテリア莢膜,魚類,両棲類,哺乳類の糖タンパク質や糖脂質の糖鎖に存在が確認されるようになった。特に,発生段階特異的,臓器特異的に発現すること,ある種のガン細胞に出現することなどが分かってきた。著者らの合成したKDN誘導体がこの研究では利用されてKDNの生合成経路も明かにされたが,細胞内のD-マンノースの濃度がKDN濃度と比例することは合成の場合と同じで面白い。今後,更にこの部門の研究は進むと考えられる。
4 2,3-デヒドロノイラミン酸
2,3-デヒドロ-N-アセチルノイラミン酸誘導体も多く生物界に発見されている。主なものはそれぞれの生体構成シアル酸の2,3-デヒドロ-N-アセチルノイラミン酸誘導体である。生体内では体液中にあって、ウイルスに対して、活性化または不活性化作用を示すと報告されている。
ヒトでは
2,3-デヒドロ-N-アセチルノイラミン酸が尿、唾液、精液などに発見され、牛では9位の水酸基もアセチル化された構造である。ウマでは N-グリコリル誘導体が見いだされ、ブタでは9位がラクチル化されている。ヒトデの全身からは N-グリコリル-8-メチル誘導体が発見されるなど、面白い報告が相次いでいるから、将来、この分野から新薬が開発される期待がある。
5 N-アセチル-2,7-アンヒドロノイラミン酸
軟らかいタイプの耳垢から、新しいシアル酸が発見されたのも、大分古い話になった。α
型のN-アセチルノイラミン酸の環が反転して、2位と7位の水酸基から分子内脱水して生成したものと考えられる。リーらは糖蛋白質を分解して、N-アセチル-2,7-アンヒドロノイラミン酸に変える酵素をヒルから分離している。
しかし、耳垢からは微量しか得られなかったので、著者らは合成して比較確認を行なった。メチルエステルを原料として保護基をつけてから、S,S'-ビス(1ーフェニル-1H-テトラゾール-5-イル)ジチオカルボナートを反応させてS-グリコシドとして、分子内グリコシル化反応を行なって、45%の収率で合成した。
S,S'-ビス(1-フェニル-1H-テトラゾール-5-イル)ジチオカルボナートは、著者らの開発した強力なペプチド合成試薬である。分子内に窒素原子を4個ももった芳香環と、ソフトな硫黄原子をもつために各種の反応がスムースに進むのである。しかし、この方法では無理な環の反転を要求するので、収率がよくない。長谷川らの方法を用いると、収率よく目的物を合成することが出来る。
例えば、ラットの肝臓からえられるg-グルタミルトランスペプチダーゼの糖鎖構造が正常動物とガン化した動物との比較研究から明かになった。γ-グルタミルトランスペプチダーゼや人絨毛性性腺刺激ホルモンの糖鎖構造などがある。複合型糖鎖からシアル酸を除去すると、生理活性がなくなることが分かっている。また、ガンが発生すると、関連するこれらの糖鎖構造が大きく変化する。一般にはシアル酸量が減少する。正常ラットの肝臓からえられるγ-グルタミルトランスペプチダーゼの糖鎖構造と、腹水肝ガンラットから精製したものとの比較では、ガン化すると、シアル酸結合糖鎖が減少して糖鎖構造全体も大きく変化しているのが分かる。このように、「ガン化するのは組織より先に、酵素系やホルモン系の複合糖鎖の変化から始まるのではないか」と考えられるから、この微小変化をコントロール出来ればガンの予防や転移の阻止が可能になる。このような考えで、シアル酸含有変型ヌクレオシドを合成した。
中国では古くから不老長寿の聖薬として燕の巣が用いられた。あの美人として有名な楊貴妃も好んで食べたと言われる。楊貴妃は始皇帝の死後約950年,西暦719年の生まれで,名を玉環といい,735年,玄宗の子,寿王瑁(ぼう)の妃となったが,玄宗の武恵妃が死ぬと寿王から離れて玄宗の後宮に入り,745年には,唐の第6代の皇帝玄宗(685〜762)の貴妃となって寵愛を独占した。楊貴妃は豊艶な絶世の美女と言われているが,聰明で歌舞に長じ,西安(長安)の東にある驪山(りざん)の華清宮でデートを楽しんだ。この地は今も中国の数少ない温泉地の一つとして知られているが,秦の始皇帝もこの温泉に入ったと伝える。かの有名な兵馬俑や始皇帝の墓の近くである。
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華清宮 楊貴妃の墓
楊貴妃の姉達も宮中に入り,その上,一族の楊国忠は銭勘定が巧いとのことで,玄宗に取り入って節度使となり,ついには宰相として権力を独占した。そのころ,安禄山は軍事,民政の大きい実権を握って楊国忠と対立し,755年にはついに北京で15万の軍を率いて楊国忠討伐の軍を起こした。玄宗は大敗して四川省(蜀)に逃げたが,その途中(756年),陜西省の馬嵬坡(ばかいは)で部下の反乱で楊国忠が殺害されると,楊貴妃も捕えられて殺された。ときに38才の楊貴妃は最後に,“茘枝が食べたい”と言って少しでも生きていたいと願った。茘枝ははじめ嶺南地方だけの産であったが,唐の頃は蜀でも産するようになった。それでも遠路,都の長安に運ぶのは大変なことであった。死にのぞんで一日でも長く生きたいと願って,茘枝の運送の間は処刑をまぬがれると読んだのであるが許されず,ここにいたって玄宗も楊貴妃を見捨てた。有名な逸話である。楊貴妃の墓は西安の西の馬嵬波にある。はじめは簡単な土饅頭であったが,墓の土は春になると白粉になって香りを漂わせたから,これを若い女性は競って顔に塗り美人にあやかったから瞬く間に盛り土が無くなってしまった。そこで,現在のように煉瓦で覆われることになったという。
白居易の「茘枝図」の序に「茘枝は巴峡の間に生ず。樹の形は團團として帷蓋の如く,核は枇杷の如く,殻は紅繪の如く,膜は紫鮹(ししょう)の如く,瓤肉(しょうにく)は潔白にして氷雪の如く,漿液は甘酸にして醴酪(れいらく)の如く,・・・」とあり,蔡襄の「茘枝譜」には蜀産のものは肉薄く,味甘酸で閩中(びんちゅう)の下等品にも及ばず,福州産が上等で,特に興化のものが最上級であると記している。茘枝は本枝から離れると「一日にして色変じ,二日にして香変じ,三日にして味変じ,四,五日にして外色,香味盡く去る」と言われているように,新鮮さが生命であった。
楊貴妃の時代には福州の上等な茘枝を長安の都へ味を落とさず運ぶ技術がなかったから,楊貴妃はそれほど上等な茘枝を食べたとも思えないが,蜀から長安まで600キロの道を馬でたった3日で運ばせたとの話が残っている。
茘枝の子実は茘枝核といい,漢方では「茘枝散」や「茘枝橘核湯蜀(けん)痛散」などに処方して,収斂,鎮痛,消炎薬として胃痛,腸疝痛,腫瘍痛,または鎮咳薬として用いる。寒を去り,鬱帯を散じ,血中の気をめぐらし,疝疾を治すという。

華清宮は秦の始皇帝も入浴したと伝えられる古くからの温泉地である。唐時代の有名な詩人,白楽天は玄宗と楊貴妃のロマンスを歌った長編叙事詩「長恨歌」に「春寒くして浴を賜う華清宮,温泉の水滑らかにして凝脂を洗う・・・」とあり,ますます有名になった。楊貴妃が入浴した風呂(海棠湯)も現存して多くの観光客を呼んでいる。現在の温泉は湯元4箇所,湧出量は125トン/時間,43℃,炭酸カルシウム,炭酸マンガン,硫酸ナトリウムなどを含み,関節炎や皮膚病に有効と言われている。
このように華清宮は古くからの話題に事欠かないところであるが,近代中国の発祥の地としても決して忘れられない所である。1936年10月,毛沢東は蒋介石の国民党軍との内戦を戦いながら,南部の根拠地(瑞金その他)から1万2千5百キロの「長征」を終えて延安に到着した。1936年12月,蒋介石は楊虎城と張学良の共産党討伐軍を督戦するため南京から西安に来て,華清宮の五間庁に泊まっていたが,12月12日の早朝5時,蒋介石は銃声に驚いて裸のまま窓を乗り越えて裏山へ逃げた。8時ころ張学良の衞兵に大きな石の陰に隠れていた蒋介石が発見され,西安の招待所に幽閉された。張学良と楊虎城は延安の毛沢東首席に電報を打って代表団の派遣を要請し,毛沢東は周恩来を派遣した。周恩来と蒋介石の交渉の結果,「第二次国共合作」が実現したものである。五間庁の窓には今も弾痕が残り,割れたガラス窓からはベットや机が見える。裏山の大石には石造りの小部屋がつくられて「兵諫亭」と名付けられている。その後,蒋介石は台湾へ逃れ,1949年の中華人民共和国の誕生へとつながるのである。
燕窩の箱絵 |
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燕窩は燕蔬菜、燕菜、燕根ともいって、「金糸燕」というアマツバメ科アナツバメ属の燕の巣のことである。主に和名「シロハラアナツバメ」及びアナツバメ属の各種アナツバメの巣である。本草綱目拾遺にも収載され,中国では古くから不老長寿の聖薬として用いられた。また,高級中華料理に欠かせない食材で,前述のように,昔,かの楊貴妃も好んで食べたと言われる。「シロハラアナツバメ」は学名 Collocalia
esculenta L. の体長約9センチの小鳥で,熱帯の沿海や島の絶壁や洞窟の絶壁おく深く営巣する。空中を飛ぶ虫を主食とするのは,日本に普通の燕と同じである。
東シナ海、南シナ海からインド洋に及ぶ広範囲な南洋諸島の島嶼に生息するアナツバメの仲間が対称になるが,良質の燕窩を産するものはそれほど多くはない。学名の Collocalia は“しっかり固められた巣をつくる鳥”の意味で、ギリシャ語のkollao は膠でつけるの意で、kolla (にかわ)にギリシャ語のkalia (鳥の巣)を付けて作られたものである。
金糸燕は毎年4月に産卵するのであるが,産卵にあたっては古い巣は使用せず必ず新しい巣を作る。面白いことに,営巣にあたってもっぱら雄鳥の唾液腺が大変肥大発達して,粘質の分泌物を出し,これを使って雌鳥と雛鳥が丁度入れる大きさの浅い帽子型の巣を作る。このようにアナツバメの世界では雄鳥が,出来るだけ立派な巣を作って求愛行動に入る。巣はもっぱら粘質の分泌物だけで作るが,固まった粘液で作られた複雑な織物を想わせ,ときに絨毛を混ぜることがある。また,血液が混じって赤みを帯びたものもあり,これを血燕と言って珍重される。この混じり方が悪いと燕窩根といって下級品になってしまう。一般に燕窩は白色であって,混じりのない特上品を白燕(官燕)という。新しい巣が出来るころこれを採取すると第2回目の営巣をするが,唾液腺や絨毛だけでなく,多くの羽毛を混ずるようになる。これを毛燕といって下級品である。燕窩は形を整えるため,ときに整形をするので,削り屑を燕角といい,最下級品であるが同様に薬用に供する。アナツバメは孤島の切り立った断崖に営巣することが多く、燕窩の採取は大変危険であり、また採取があまり繰り返されると燕は集団で移住して2度と営巣しなくなる。住民はこれを嫌ってそれぞれ決まった島嶼を確保して神を祭り、部外者が立ち入ることを極端に防ぎ、ライフル銃を装備して燕窩が毎年沢山採取出来るように保護している。一般には古い巣も採集して利用する。テレビの報道によると最近ではアナツバメのためのマンションが作られ、ツバメは安住して営巣し、人々は危険を冒さずに燕窩を採集出来るという。
燕窩は一般に半月形の長さ6.5〜10cm
,幅 3〜5cm の子供の手のひらを想わせる。岩壁に付着していた側は平らで,反対側はやや丸みを帯びる。原料が唾液と絨毛であるから乾燥した製品はあたかも「乾燥ふのり」に似てやや堅いが大変もろく,雑に扱えば直ちに壊れてしまう。繊細な芸術品を思わせる。水につけると膨潤して軟化し,蒟蒻様になる。
天然の燕窩は加水分解すると 17.36% の還元糖を含み,タンパク質の成分は約60%に達する。中薬大辞典 によると、中性糖はほとんどがガラクトースで,ついでグルコース,マンノースでその比率は15:2:1となっているが、グルコースの存在は疑問である。
ガラクトースはムチン型(O-型)糖タンパク質と考えられるが、マンノースの存在は複合型アスパラギン結合型(N-型)糖タンパク質の存在を示唆するものである。
Hanish
と Uhlenbruck の研究によると、燕窩の糖鎖は L-フコース、N-アセチルノイラミン酸、ガラクトース、マンノース、N-アセチルガラクトサミン、N-アセチルグルコサミンでその比率は1:17:29:3:17:13である。微量の
L-フコースやマンノースを含むことから、燕窩の糖タンパク質には N-型糖タンパク質の存在を否定出来ない。おそらく、絨毛に由来するものであろう。
糖組成はマンノース、N-アセチルグルコサミン、ガラクトースの比率が3:4:8である。この値は N-型糖タンパク質
であることを示すものである。
燕窩抽出エキスの精密なHPLC分析によると、マンノース、N-アセチルガラクトサミン、N-アセチルグルコサミン、ガラクトースの比率が、4N塩酸分解で1:14:25:43で,2N
塩酸分解では1:6.5:9.8:25であることからも、全体としてムチン型糖タンパク質からなることがわかる。しかし、この場合もマンノースを含むこと、また、後述のアミノ酸分析でアスパラギンをある程度検出していることから、N-型糖タンパク質を含むことがわかる。全体としてはO-型糖タンパク質の方が多く、その構造は多くの研究者によって明かにされた。
O-型糖タンパク質の複雑な構造は Wieruszeski 、Eggeや Streckerらの研究で明らかにされた。すなわち、これらの糖鎖構造の決定にあたっては、燕窩をまず塩酸で処理してから硼素化水素ナトリウムで還元的に分解して得られる糖鎖をゲルクロマトグラフィー、HPLC、薄層クロマトグラフィー、ペーパークロマトグラフィーなどを繰り返して精製して、中性糖、モノシアロ糖
、ジシアロ糖を得た。更にメチル化して、FAB-MAS, EI-MAS 、NMR (500 MHz)、multiple-Relay-Cosy
と 1H/13C chemical-shift-correlated 2-D 実験を駆使して行われた。
その基本構造はGal-GalNAc-セリンあるいはトレオニンで、糖鎖の非還元末端にN-アセチルノイラミン酸が結合しているのが燕窩ムチンの特色である。糖鎖構造は10種類である。
燕窩はムチン型タンパク質の固化したものが主体となっている。
燕窩を食品素材としてみると,プロテアーゼで酵素分解して可溶化した食品は,約60%のタンパク質,約10%の中性糖,約10%のシアル酸を含み,ゲルろ過法による分子量は約10万である。この食品の特徴は,燕窩特有のタンパク質に由来する旨味と,シアル酸を含む糖タンパク質のバランスのよさである。
燕窩は食材としては最高のシアル酸含有物質であるので,N-アセチルノイラミン酸自身の製造原料となるのは勿論である。著者らは研究の当初から、N-アセチルノイラミン酸の原料として燕窩に注目して中華料理材料店へ出かけて材料を入手した。燕窩以外のシアル酸量の多い食品としては、牛乳、鶏卵がある。通常の牛乳はシアル酸量
0.2 mg / ml で、初乳は特に含料が多く 0.3〜1.5 mg / ml である。卵黄では乾燥重量あたり 0.2 %
であるから、燕窩には如何に大量のシアル酸が含まれているかが分かる。
牛乳ではシアル酸の約75%が 2,3- 、および、 2,6-シアリルラクトース型のオリゴ糖として存在するから、食品としてのシアル酸の形態としては大きく異なるものである。また、鶏卵の卵黄ではN-型糖タンパク質(アスパラギン結合型)の糖鎖の非還元末端に結合して存在する。卵白ではオボムチンと呼ばれるO-型糖タンパク質(セリン結合型)の糖鎖の非還元末端に結合している。その構造は燕窩のO-型糖タンパク質に類似して、その一部はオボムチンにも存在する。
オボムチンの糖鎖構造はいずれも燕窩に較べて比較的簡単なシアロ糖鎖である。
Kathan と Weeks の研究によると燕窩ムコイドの組成は相当量のシアル酸と灰分を含むのが特長である。約20%に及ぶ灰化成分は塩酸で容易に溶解するカルシウムが多く,この量はシアル酸量と比例する。この報告はカルシウムの含量に前述の中薬大辞典のデータと大きな差異がみられるが、各種の標品について追試実験を繰り返しても、カルシウム含量は多いようである。燕窩の甘み成分は多分にシアル酸とこの大量に含有する結合性カルシウムによると考えられ、また、このカルシウムは可溶性であるからカルシウムを補給するのには有用な食品となるであろう。
Kathan と Weeks の研究によると塩酸加水分解の条件を24時間と48時間に設定してアミノ酸分析を行っている。この結果は追試験の結果と見合っている。
燕窩から直接,シアル酸糖鎖を残したまま、ムチン型糖タンパク質を取り出して有効利用しようという研究がなされた。(未発表)これは燕窩をプロテアーゼ処理して水溶性とするもので,この方法で処理した燕窩の抽出物は主にムチン型糖タンパク質で、約60%のムチン型タンパク質と、それぞれ約10%の中性糖とシアル酸から構成されている。
含有するシアル酸はすべて結合型で,遊離シアル酸を含まないことは限外ろ過法で確認され、また,プロテアーゼ処理したにも関わらず、燕窩はペプチドへの細分化はなされておらず,ゲルろ過法による分子量は約10万である。ケールダール法による分析では粗タンパク質は平均約50%で、アミノ酸分析の結果は次の表(省略)のとおりである。
この結果から見ると、ムチン型糖タンパク質を構成するセリン、トレオニンの含量は燕窩で12.4%、抽出物で15.6%存在する。これに対してアスパラギン糖タンパク質(N-型)はそれぞれ、最大で9.6、9.3%となっている。それぞれの糖タンパク質の含量を示すものといえる。
燕窩は、紀元前の古くから高級料理(薬膳)として用いられていたと考えられる。浙江省・海昌の賈銘は元の人で明の初め百余才で死んだと言われているが、明の太祖から長寿の秘訣を問われ、「飲食須知」八卷を奉った。この書は1397年(至正27年)頃完成したと言われているが,この中に初めて燕窩の記載がある。有名な李時珍の「本草綱目」(1589年;万暦17年)には記載がないが、趙学敏の「本草綱目拾遺」(1765年;乾隆30年)に詳しい解説があり、博物学書としては後者の方が正確である。
明代の1573年(万暦元年)頃、屠本S(とほんしゅん)の「中海錯疏」は同時代の徐が注をつけたものである。屠本S(とほんしゅん)は浙江省・寧波(にんぽ)の博物学者で他に「野菜箋」という植物栽培の書がある。この二人は共に閩(びん)(福建省)で運使や処士を勤めた人であるから、両氏の海錯(海産雑物)の知識はなまなかなものではないと考えられるにも拘わらず、燕窩の説明では全く要領をえず、「南海の珍味で、燕が崖の中腹に作った巣へくわえてきた小魚が変化したものであるとか、燕がその巣をくわえて海上をとび、疲れて波間に浮かべて一服するとか、燕が海藻で作った巣であるとか言われている」ので、一度、現地で確かめたいものだと書いている。その他、陳懋仁(もじん)の「泉南雑誌」1606年(万暦34年)には、燕窩は南海の燕が貝を食べて作ったと述べている。いずれも憶測によるもので事実に反する。
明末になると熹宗の頃、帝は炙蛤、鮮蝦、燕巣、魚翅(ふかひれ)などの膾を好んで食べたとの記載があり、宮廷で高級料理として燕巣、魚翅が料理されることが多くなった。また、当時の悪宦官・魏忠賢は下司らしく,とりまきと、下種料理の狗羹を食べたと書かれていて面白い。
中華料理のバイブルと言われる「髄園食単」は著者の袁枚(バイ)が1787年(乾隆52年)72才を過ぎてから書き上げた。この「髄園食単」の献立の第一に上げられているのが燕窩料理である。また,我が国の書では「唐山款客式」1798年(寛生10年)に珍味の第一には熊掌を第二に燕窩をあげている。
いずれにしても,楊貴妃の昔から紅楼夢のヒロイン林黛玉に至るまで燕窩を愛用した。紅楼夢の一節を引用すると、
『・・・入れ替わり立ち替わり聞こえるそのうるささといったらなく、そのせいで気持が焦ら立ってきますので、紫鵑に命じて寝台の帳子をおろさせました。そこへ雪雁が燕窩湯を一碗運んできて、紫鵑に渡しました。紫鵑は帳子の外からそっと声をかけ、 「姫さま、湯を一口なりと召し上がられましてはいかが?」・・・』
紅楼夢では、燕窩湯がよく出てくるが、賈蓉の新妻で舅の賈珍と不倫してついに首をくくって死ぬ美女、秦可卿も月経不順になやみ、燕窩湯を服用する場面がある。
終わりに燕窩を用いた薬膳例を羅列しておこう。
漢方では「補中益気」の効能があり,主に疲労回復,肺結核,喀血,吐血,慢性下痢,慢性マラリア,咽,胸のつかえや吐き気を治すのに使用する。趙学敏の「本草綱目拾遺」に記載があり,白色のものは痰疾,咳をとめ疲労衰弱を治す効がある。また,血燕は血痢,小児痘疹に有効である。
白燕に梨,氷砂糖を加えて蒸して食べれば,胸に詰まった痰を除くことが出来る。肺を潤すだけでなく腸を滑らかにして胃を開くとある。
用法例
白梨1個の芯をとり,燕窩3 g を入れ,熱湯に浸してから氷砂糖3 g を入れて十分蒸し,毎朝服用する。
燕窩 6 g,人参 1.5 g,水 2.7 g を重湯煎にのせ,とろ火でゆっくり煮て食べる。やや処方は異なるが,本草葯性大辞典にも記載がある。2)
燕窩を多食して人乳を飲む。
燕窩 9 g 氷砂糖 1.5 g をよく煮て数回,頓食する。
この例を見ても分かるように,燕窩は補中益気の上薬で肺を治し,胃を和らげるから虚労を去り,肺に入って気となり,腎に入って水を養い,胃に入って中を補うから心身の疲労回復に効がある。薬石で治癒しない場合に有効な時が多いが,火勢が強いときは重剤を用いなければならない。特に,老人の肺結核や小児の衰弱や無気力を治する。
燕窩は今日では粥にしたり,鶏汁で煮たりして非常においしものである。薬膳として用いられる所以であろう。一切の虚症に有効であるから,肺.脾の衰弱に応用して優れた効果がある。また,血燕は血痢を治し,血液を補う。第3章3に燕窩を用いた薬膳料理を記載したので参考にしてもらいたい。
ついでながら,燕関連の漢方薬を付記すると,「燕窩土(えんかど)」と「燕屎(えんし)」がある。燕窩土は本草綱目や本草蒙筌,本草拾遺その他に出典している湿疹や丹毒の治療薬である。金腰燕,和名コシアカツバメHirundo
daurisca japonica Temminck et Schlegel の泥巣で、学名からも分かるように、日本にも飛来する普通の燕の1種で屋根下や軒先などに営巣する。蕁麻疹,浸淫湿綜,白禿,丹毒,口瘡を治す。燕窩の金糸燕とは異なる。また,この卵は湖燕卵(こえんらん)といって急性浮腫に1回10箇を服用する。
また,燕屎は日本で最も普通のツバメ Hirundo rustica L.の糞である。現在ではちょっと考えられないが,虫を用いたまじないの蟲毒に当てられた病や死人の邪気が体内に入ると,悪寒.発熱,胸痛,腹痛,精神錯乱などが高じて死に至る。ひいては一門の大半が死滅するという”鬼主の病”を治すのに用いる。不祥不吉な毒気や邪気を追い払う作用があり,尿,汗,涙,睡,むくみの5つの体液の異常(五隆の病)の病根をたち,小便のでを良くすると言う。
燕窩に近代医学の光が照らされてからまだ日が浅いが,1962年、 Cohen がマウスの顎下腺から表皮成長因子(EGF: epidermal growth
factor)を分離したのに始まる。表皮成長因子は,更に人の尿,ラットの顎下腺,また,トガリネズミの顎下腺から得られる分子量6000から8000のポリペプチドである。哺乳動物では表皮成長因子は表皮や上皮の増殖を刺激し,人の繊維芽細胞細胞培養ではチミジンやアミノ酸の取り込みを助けると報告されている。
Kong
らの研究によると,燕窩の表皮成長因子は DNA 合成を活性化すると報告している。精製された燕窩の表皮成長因子作用は標品に比べて相当強いものと考えられる。
その他の重要な作用は粘質ウイルスのヘマグルチン化の有効な阻害剤としての利用である。ヘマグルチン化の阻害力は幾らかの無機物質除去を行った燕窩で
11,150 inhibition units / mg であるが、無処理の原料に較べると相当強くなっている。この作用を利用すればインフルエンザの治療と予防が可能になる。
最近の研究によれば、燕窩エキスには白血球と血管内皮細胞間の接着を阻害する作用がある。血管内皮で炎症がおきると、炎症部位に白血球のローリング、接着、浸潤現象が起きる。この際、血管内皮細胞上に発現する
E-セレクチンと白血球のリガンドとの相互作用は,白血球のローリングによる血管内皮細胞への接着のスタートの合図をするものと考えられている。
E-セレクチンをコーティングしたプレートに白血球と試料を添加して細胞接着抑制効果をしらべた結果は,燕窩抽出糖タンパク質は 20
mg/ml で約 40% の阻害率を示した。この結果はシアル酸自身と比較して格段の効果があることを示している。
このムチン糖タンパク質からシアル酸を除去した試料
D は阻害率約20%以下と明かにその効果が低下していることが分かる。また,N-アセチルノイラミン酸自身も接着阻害効果を示さなかった。このことは燕窩に含まれるシアル酸結合型のムチン糖タンパク質の有効性を強く示唆するものである。
その他,シアル酸や燕窩ムチン糖タンパク質を混入したのど飴を服用すると咽頭粘膜表面の連鎖球菌
α-型Streptococcus, γ-型Streptococcus(グラム陽性), Nisseria (グラム陰性)の細菌数が共に減少することが分かった。今後の研究が待たれる。









